想い出の誕生日

母はどんな時でも子供を愛しています。


海のはなし3兄弟は高校生になると誕生日には母から特別に小遣いを貰ってました。

中学生の頃まではその日は、おかずが鳥の唐揚げになったり、ケーキを買ってもらってたけど、

中学を過ぎる頃にはそれに加えて

「今日は誕生日やな。これで好きなもんでも買いなはい…」と数千円を貰ってました。



父と母は、海のはなしが小学生低学年の頃、借家の玄関から入った2畳ほどの土間で釣具屋を始めました。

当時の海のはなし家は本当に貧乏で、

息子しかいないのに母が買ってくる服の中には女の子の服さえありました。

きっと、特売とか見切り品で特別安かったんでしょう。

おかげでその頃の海のはなしは、

太股の当るところに可愛い編み込みのような物(レース?)がある女の子用のパンツを穿かされたことさえありました。

当時の海のはなしは『これ、女の子のパンツなのに…』って思ったけど、

『ズボンを脱がなきゃ分かんないからいいや』ってとても前向きに…

(おちんちんを出す窓が無いから前向きも後ろ向きも無いか…笑)

見えないとこで女の子の物を身につけるのは辛抱出来たけど



さすがに…


あれは1度目から嫌やった!

今でいう『白と黒のギンガムチェック(風?)のズボン』。

裾を絞った、どう見ても女の子が穿くズボン。

2度目に穿いた数日後、クラスの気になる女の子がそれと同じズボンを穿いて来ました。

3度目のある日の朝、海のはなしは泣いて穿かなかった。

2度しか穿いてもらえなかったあのズボンは弟達へのお下がりにもならず、箪笥の中でどんどん小さくなってた…


それから海のはなしが中学生になる頃には暮らしに少し余裕が出来て、

高校生になると誕生日に特別なお小遣いをくれるようになりました。

大学生~社会人になってもいつまでも子ども扱いで、

「もうええで!」って断わっても、その特別なお小遣いは続きました。




ある年の海のはなしの誕生日のお昼頃。

母の手に1000円札が5枚。

「今日は誕生日やな。これで好きなもんでも買いなはい…」と少しボンヤリしながら

ベッドでモルヒネを点滴投与されてない方の手で海のはなしに渡してくれました。

最後のプレゼントになるとあなたも思ってましたか?

「うん…ありがとう…」

それから2週間後に痛みから解放された母。


昨夜久しぶりに夢の中で会えたけど、こちらが遠慮して何も話が出来ませんでしたね。



もうすぐ…あなたから祝ってもらえなくなって7度目の誕生日です。

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